長野周辺・西山エリア

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長野周辺・西山エリア

  長野周辺・西山エリア
長野周辺
鉄分を多く含んだ茶褐色の温泉から、塩分濃度の濃い温泉などが点在する長野周辺エリア。気軽に良質の温泉が楽しめるのが嬉しい。
 
西山周辺エリア
長野市街から信州新町を通って松本市外へと続く国道19号は、自然に囲まれてドライブにも最適。温泉に立ち寄った後は名物のジンギスカンやおやきをいただこう。
 
   裾花峡温泉 元湯うるおい館  (市街地に近く湯量豊富な温泉)
 長野県庁近くにある温泉施設。
 毎分776?と湯量豊富に湧く茶色い湯は掛け流しで、
 塩分と鉄分を含むため身体の芯から温まる。
 
 裾花川を望む露天風呂をはじめ、
 打たせ湯、サウナ、バイブラバス、ジェットバスなど施設も充実。
 予約をすればバリアフリーの家族風呂や福祉風呂も利用可能。
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   豊野温泉  (ゆっくり1日家族で楽しめる温泉施設)
 のどかなりんご畑に囲まれた温泉。
 露天風呂では寝浴や、満点の星空のもとでの入浴ができる。
 
 豊富な天然温泉100%は掛け流しで毎分400?という湯量。
 農産物直売所、レストランや休憩室、
 噴水芝生パークなどもある。
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   保科温泉  (菅平の裏玄関に湧く閑静ないで湯)
 県外からの観光客も多く訪れる温泉。
 菅平の西の入り口、保科川を遡った高台に立ち、
 眼下に千曲川、目の前に北信五岳の眺めが素晴らしい。
 施設のすぐ裏から毎分1000?も湧き出る源泉は、
 よく温まると評判。
 
 食事処では季節の料理などが味わえる。
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   大室温泉 まきばの湯  (北信五岳を望む展望風呂が自慢)
 飯綱山・戸隠山などの北信五岳はもちろん、
 遠くは北アルプスを見渡せる露天風呂は木造と
 石造りの2種類で1週間ごとに男女が交替する。
 
 韓国の暖房装置オンドルの構造を取り入れたサウナが
 設けられている。
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   松代温泉 (松代の地に効能高い湯が湧く)
 起源は800年前にも遡る、古くから親しまれてきたいで湯。
 湯量は豊富で含まれる温泉成分は
 通常の20倍以上の項目もあるほど。
 
 湯は本来無色透明だが、しばらくすると茶色に変色する。
 切り傷・火傷・婦人病などに特に効能があるといわれ、
 湯治に訪れる人も多い。
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   梅木温泉 (昔の農家の佇まいに和む)
 虫倉山麓に位置し、村内で湧き出る冷鉱泉を引き過熱した湯。
 120年前の民家を移築した、かやぶき屋根の佇まいで、
 「やきもち家」ではおやき作りの体験と食事・宿泊が出来る。
 
 風呂に浸かって囲炉裏で和む。
 そんな農家の雰囲気を味わうのも一興だ。
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   湯の沢温泉 小川荘  (地元の人々の住民の憩いの場)
 県道31号線を大町に向かい小根山の案内看板を右折、
 見落としやすいので注意!
 
 鉱泉のため沸かし湯だが、療養泉に指定されている
 効能豊かな温泉だ。
 
 男女別の浴室と休憩所がある。
 憩いの場として地域の人々や、お年寄りに親しまれている
 日帰り入浴施設。
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   不動温泉 さぎり荘(温泉の後はジンギスカンに舌鼓)
 犀川河畔の一軒宿、不動温泉「さぎり荘」は
 河畔の四季を望みながら入浴できる大浴場を備えた町営施設。
 和風の宿泊施設をはじめ、
 レストラン、日本庭園、多彩なスポーツ施設を備えた保養センター。
 
 特にサフォークのジンギスカンは町の名物として親しまれている。
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長野周辺・西山エリア::Wikipediaより

現在の長野市大字長野に上長野・下長野、また大字西長野に西長野・袖長野・中長野という小字が残されており、「長野」とは現在の信州大学教育学部付近から善光寺参道付近にかけての緩傾斜地を呼んだ地名だと思われる。
箱清水村は、1875年(明治8年)に長野町と合併、七瀬村は1876年(明治9年)に鶴賀村の一部となり鶴賀町を経て長野町へ、三輪村は1889年(明治22年)に三輪村、平柴村は1889年に安茂里村を経て、いずれも現在は長野市に属する。
長野村のうち、善光寺南の参道は門前町として、また北国街道のルートとされたことから宿場町としても発展して市街地化(町場化)した。こうして市街地化した区域、および松代藩領でこれに隣接して同様に市街地化した妻科村(現長野市大字南長野)および権堂村(現長野市大字鶴賀の一部)のそれぞれ一部も含めて、町場全体の総称として善光寺町(または「善光寺宿」)という呼称が行われるようになった。その結果「長野村」とは、同村のうち町場の「善光寺町」および善光寺境内を除いた北西部の農村区域を指すものと理解されていた。